美術系女子の話

美術系女子の苦悩系ブログ/日記と怒り、セックスと家族

不良になりたかったわたし。

安冨歩さんのこの記事を読んだ。

gooday.nikkei.co.jp

 

関係ないかもしれないけど、読んだあと本当は私だってもっとずっと不良でいたかったと思った。

 

優等生であらなければということに対する罪悪感、社会的な地位を得なければいけないという強迫観念、私はそういう社会のくだらない産物的感情にヒタヒタと浸りながら、いいえ私は不良ですと、説得力なく自分に言い聞かせている生き物だった。

現代っ子だなあ。

 

高校時代は右手は箸、左手はツイッターを過ごした昼休み。

ニコ生主とセックスした某有名アルファツイッタラーともセックスした。(あいつのチンコは下向きに曲がってるぜ)

 

私は優等生的だった。かわいく無かったしいけて無かったからそうすることで生きていられたというのもあった。

学校のくだらなすぎる宿題が嫌すぎてズルをして一瞬で終わらせたら両親がこの世の終わりかのような顔で私を見た。両親が私に対する失望と軽蔑を誇示してきたのは私が1桁の割り算を習っている時だった。

 

私は間違っていない。くだらない宿題をやるぐらいなら寝っ転がって漫画を読んでいたかった。私は間違っていないはずだった、でも両親の顔は私を、未来の犯罪者でも見るかのような目つきだったし、両親の暗く、うつむいて私のズルされた宿題を見ていたときのあの空気は、小学校低学年の私ですらもう、今すぐろうごくにぶち込まれるような、泣きじゃくりながら土下座しなければいけないような空気だった。でも私はそんなはずないと思って、ただ立ち尽くしていた。

 

私は家では不良と見なされていた。学校では優等生だった。私は自分を正しいと思っていたけど、でも私より例えテストの点が悪くても、毎日しっかり学校に通いみんなにやさしく、忘れものしない、一生懸命なあの子たちの方が勝っていると見られていたのはわかってた。

 

私は学校という社会での優等生(成績が良い)の私と、家族の中の不良(言うことを聞かない怠け者)という劣等生としての私の中で、身体中にアザができそうなぐらい揺さぶられていた。

私は中学校に上がる頃には優等生として扱われるあの気色悪い感じがいやだった。優等生としてきゃぴきゃぴした女の子たちを引き立てる道具として使われるのも、先生にさん付けで呼ばれるのも、だから学校にも行かなくなった授業中はずっと寝てた。私は不良のふりをして、でも勉強だけはしていた。勉強をすることは別に優良であることの絶対条件ではないけど、でも勉強をやめたら社会的にダメということは何故か怖いぐらいわかってた。とにかく、苦しい。勉強なんて全然好きじゃなかった。何が好きなのかというと成績が良くなった時に塾の先生に褒められることそれだけ、同じクラスの他のやつより成績がいいと思える優越感だけをエサに私は勉強をしてた。

 

今なら私は最初からなにひとつ優等生じゃなかったって思える。

 

ほんの少し前までの私は、社会的に生きることと、反社会的に生きること、その両極端を自分の中で両立しようとしていた。私は優等生でありたくなかった。成績だけを納めながら、でも不良してた。私を指差して不良だと涙を流す親が理解でき無かったし呆れてた。勉強が出来ることだけを褒めて、ズルをすると失望される。いつのまにか私は不良になった。みんなから不良だと思われたかった、でも失望されるのは怖い。私は人目を避けてしらないおじさんとセックスして、私はなんて不良なのって思いながら、泣きながら学校に通った。

 

社会に示せるものがなくなるのが怖かったから。頭がいいと大人になった時なんでも出来る、いい会社に入った方が後々良い。

それは多分事実かもしれない。でも学校で優秀であることと、本当に魅力的な人間であることは全く違う。私は私のために非行を続けた。そうすると何かが変わる気がしていたから。

優秀な成績を手放しきれない。社会に示せるものを捨てきれない私が情けなかった。

 

不良でも優等生でもない自分が嫌だったけど、私は本当はずっと不良だった。ただ親や、学校に通う中で、私はだんだん不良であることがいけないことだと抑圧されてった。教室の中で歌を歌ったり踊ったりする人は馬鹿で将来が無くて、きちんといい子に座っていると将来いいことがあるって

縛られたりとか、めんどうくさい

処女喪失してから早5年、

ああ、あの人と初めて会った日からもう5年、5年たっても私はなにも変わってないとか、そういう反省はさておいて、


最近セックスしていてああめんどくさいと思うことがとても増えた。マンネリ化ってやつとも違うと思うんだけどさ。


例えば、観覧車でセックスとか、縄で縛りたいとか、アナル開発させてとか、とにかくなんかSMっぽいことをしたいとか、そういう男の人の謎の願望に付き合えないぐらい冷めてる。そう、冷めてる。

観覧車でしたってなにも面白くねぇし、そんなに上手いわけでもマニアなわけでもないひとに縛られるのだるいだけだし、アナル無理ってずっと言ってるし、アナル舐めも無理だし、私はMじゃないし。とにかく、、筋金入りの変態じゃないノーマル枠から外れられない男の、「俺は変態セックスするんだぞ」みたいな謎の虚栄心、だるいよ。お前はノーマルだよ。死ぬまでノーマルだしちんこは小さめちょっと早漏気味。それがあんただ。みとめなさい。プレイを楽しみたいならそういうお店に行きなさい。

とにかく今、私はセックスに文句タラタラなのだ。


ほんと些細なことでムカつく。

虫に刺されて肌が茶色くなってると知らないおじさんに「キレイな肌なんだから大事にしなきゃ」とか言われて、それも「はぁ?お前の肌じゃねえーんだよ」って悪態ついて虫に刺されまくって日に焼けまくってやりたくなったりとか。とにかく今、セックスは私を不愉快にしている。オナニーしてるとセックスしたくなるけど、セックスしてるとめんどくさい。一人でセックスしたい。もはや女性用風俗に行きたい。プロにお願いしたい。ただ物理的に強い快感を得たい。

スパみたいに、目をつぶってる間に気持ちよくして欲しい。


私は無理してセックス出来ない。それは本当に楽しいセックスの思い出があるから。


本当はアナル舐めぐらい余裕な、お尻だって開発されまくりみたいな、女になりたかったけど私は心の狭い女になってしまった。アナル、お断り。私はノーマルだ。。でもノーマルでも楽しめる。


ねむい。おやすみ





すべての男があと少しだけマメになればいいのに

 

今までわりかし多くの男性と関係を持ってきましたが、やっぱりマメな男性っていうのは本当にごくごく稀にしか出会いませんでした。彼氏のラインの返信が遅い、いつもデートの約束をするのは私の方から、そんな些細すぎることでどれだけ女子が気を揉んで来たことでしょう。

 

私が2年以上良好な関係を保ってるセフレのお兄さんがいるのですが、彼は私が出会った男性の中でダントツにマメな人です。ここではマメっていったいどういうことなのか、具体的なマメ話を書きたいと思います。どうかどうか世の男性よ、あと少しだけマメになってはくれはしないか。

 

先に私達の連絡頻度・会う頻度を書いておきます

 

連絡(LINEのみ) 週1程度

          間が空くときは2週間連絡が無いときもある

会う頻度 月1

                  会えないときは最長で3ヶ月会わないときもある

 

どうですか?そんなにハードルの高い話には見えないと思います。

彼女だともしかしたらもっと会う頻度も上がるので、自ずと連絡頻度も上げる必要があるかもしれませんが、ちょっとの工夫でマメ男に見せれる工夫をちりばめていくので、是非参考にしてみてください。

 

マメな彼のマメな話

マメ!というと、毎日メールしないといけないのかなとか、いちいち遊びにいく時言わなきゃいけないのかなとか、億劫に思う男性も居るかもしれませんがまったくそんなことはありません。

彼の具体的なマメさはこんな感じです

 

・私がラインしたら必ずその日中に返事をくれる

・私の意味の無いラインにも少し付き合ってくれる

・連絡がしばらく途絶えていると「そろそろ会いたいな〜」と向こうからもラインをくれる

・プレゼントのお返しは遅くなっても必ずしてくれる

・セフレなのに電話番号や住所もガッツリ教えてくれている

 

結局ラインじゃねえか!と自分で書いてみてもびっくりしました。でもそうです、やはり今の時代大きいのはラインなんです。

彼女からライン来てるけど明日返信しよう、なんていう人は社会人だと結構多いような気がします。私のマメな彼の特徴は絶対にその日中に返信をくれることです。そして例え数通であっても、私の「あーんエッチしたいよう」というただそれだけのくだらないやりとりであっても必ず付き合ってくれます。

でも彼が忙しいときは、もう寝るからねと言ってバッサリ途中でラインを切られます。以外とこういう男性ってすくなくないですか?女性とのラインはだらだら続けなきゃいけないと思っているのでしょうか?寝るね、と言って切る男性は意外と少ない。むしろ話がめちゃくちゃ中途半端なところで突然、既読無視になる男性はめちゃめちゃ多いです。さすがに2通目で「もう寝るね」はちょっと寂しいものがありますが、少しだけ話をして、じゃあまた明日しごとだからそろそろ寝るね〜おやすみ〜と言って話を切り上げる方がよっぽどいいです。

 

 

マメさというのはその場その場で効果を発揮するものではなく、積み重なっていくモノなのです。つまりあなたがどれだけ最初からマメに接していたかに寄って、その後の関係はかなり変わってくると思います。マメさというのはたくさん連絡することを差すのではなく、その人の性質を形容する言葉です。

彼はマメな人だ。と一度思わせてしまえば、その後多少マメじゃなくても、彼女は安心していられるんですよ。

アクセス数と自分の価値

www.hikikomotrip.com

 

このひとの言っている価値のある人間の定義はほんの個々最近のいまどきな価値観の中でしか成立しない価値観だと思った。つまり今の社会に生きて居る私達、不特定多数の人間にグッとくることを言ってなんかカッコよく見えるブログを書くことだ(あくまでかっこいいのはブログだ)、10000のアクセスと10の読者、本人はブログ最後に10の読者を大事にしたいと締めくくっているけど、その最後の1文以外で言っていることは全部「10000のアクセスが欲しい」だ。すごく矛盾していた。

そもそも時々はてなぶろぐにはブログが評価される=価値のある人間と信じている人がいるみたいだ。もちろん、それこそ人の価値観はいろいろなので否定しようとしているわけじゃないけど。ネットの人気者って価値があるのかわからない、はたしてどんな価値なのか、こういう人たちはわかっていってるんだろうか、価値と、人気は違う。その意味をまちがっていないかな。

ヒカキンは人気者だし価値がある、しかし価値があるのは彼が素敵な人気者でみんなが彼の人格を崇拝してるとかそういうことじゃない、人気だしyoutubeというメディアの力が相まってとんでもなく使えるCMの道具になるからだ。彼は一つの広告塔として価値があった。そういう社会的価値だ。

 

Twitterでカッコいい記事をRTしてて情報収集能力がある、RTにちょっと良い言葉をつけられるってことのどこに価値があるのかはよくわからない。だってこの人が実践しているようにそんなこと誰にだって出来るからだ。オンリーワンなことだけに価値がやどるのかというとそうではない。でもこの人はなんだかフォロワー数=価値と思ってしまっているようで怖い。

 

ゲームをしていると、ゲームの世界ではハイスコアをたたき出せる、敵を倒せる、ランキングも上位、そういう感覚が自分の全能感になるらしい。現実の世界で、どんなにうまくいってなくても「俺は本当はできるんだ」と思い込んでしまうんだって。

 

もちろんネットの界隈で人気になってそれで仕事がもらえるひとも居るだろう、お金がもらえるというのはたしかに一つの価値の証明でもある。でもこの人のいうように、フォローすること=その人に価値をかんじているということにはならないと思う。「この人価値ある!」なんて思ってフォローしてる人なんていない。

価値って一言にいっても意味がありすぎる。誰かにとって価値ある人になるのか、社会的な価値なのか、存在価値なのか。この人はネットをつかって存在価値を手に入れたいみたいだけどそれは多分難しい。だってネットの向こう側の人は本人のソンザイなんて気にしてないから。社会的価値とはイコールお金に近い。それなら手に入れられると思う、アクセス数だ。アクセス数があって広告を貼る価値があるということになればブログに広告を張るとお金がもらえる。広告を張る場所としての社会的価値を見事得ることができる。

 

情報を流しているだけなんて、たしかに便利だ。だってこの人をフォローしてるとおもしろい記事が流れてくるから暇つぶしになるんだよねーって、でもそれだけ。それだけのこと価値と呼ぶのか?人が書いた記事をボタン一つ押して流すだけのことに?

 

つかの間のおセックスとか

ヨーロッパで豪遊して来たり帰国したと思ったら今度はお堅い用事でヨーロッパにまた滞在していたりして、春休みはとにかく飛んでばっかりです。

旅行者という立場はすごく好きです。周りの景色に意識が行ったり、欧米人に囲まれていると自分がマイノリティな人種であることもなんだかくすぐったいし、見知らぬ土地だから無条件にオドオドしてしまったりはしゃいでしまったりすることが許されていて、それこそディズニーランドにいる状態だ。

 

日本に1週間程帰って来た時につかの間のおセックスがあったのでそのことをちょっと思い出しながら書く。

 

1人目は本当に久々のご新規さんでした。初めての人と会うときは緊張する〜〜と言いたいところだけど流石にそろそろ慣れて来た。初対面でお高いホテルのレストランに連れて行かれても、昔見たいにオドオドせず、自分が食べたい物を選べるようになった。

私が出会い系で会う人を大きく2種類に分けると、完全に風俗嬢に会う気持ちで来る人と、人間相手と思ってくる人がいる。今回は久々に?前者の人だった。

エッチはかなり特殊だったかも、相手のペースがあって相手のやり方があって私は本当にその指示に従うだけ、という感じだった。「私は風俗嬢よ」と思いながらヤりました。クンニに重きをおく人だったのでイけた。いぇーい。

 

2人目は、2年前に1度会ったきり、カカオトークを誤って消してしまったせいで連絡がとれなくなってしまった人。お話しやすいし素敵な人なので大好き。本当に再開出来てよかった。エッチもよろしい。クンニ+指でイケました。最近自分で膣を締めて膣の力だけでイクというトレーニングをやり始めてからイキやすくなれたと思う。すごくオススメです。また詳しくいつか書きます。

ちなみに私は前戯の中ではやっぱりクンニ+指が一番好きです。一番気持ちいい!ただ自分では「今まさにイッてます!!!」というのを全身で表現しているつもりなんだけどあんまり伝わらないこともあります。すごい難しい。男性も大概の人はイッてるっぽいけどいったいいつやめればいいのかタイミングがわからない・・・という感じでなんとなく責め続けるという人が多いです。これについてもまた後日書きます(時差ボケで今は本当に眠い)

 

これから先何文字書いても「また後日書きます」の連続になりそうなので今日はもうやめます。本当に挨拶程度のブログになっちゃった。

 

さいきんよく大学生ブロガーが1時間1000円で売りますってやってるヤツ私もやりたいです。

人一倍孤独に過敏な私の子供時代。

ものごころつく頃からなんとなく1人でいることが多かった。その理由や原因はありすぎてきっとわからない。小さい頃からの自分のことを振り返って、今の私の積もり積もった孤独感の話をしようと思いました。

 

小さい頃から母親から離れられない子でした。それはきっと母が昔から心配性だったからだと思う。母の不安そうな顔を見て育ったし、母も内気な方なので、小さい頃、世界で一番恐ろしい場所は児童館だった。今でも、目が覚めるような怖い夢の一つとし児童館のあの傷だらけのニスが塗られた気の床を思い出す。たしか人生で2回ぐらい、母に児童館のイベントに連れて行かれた記憶があるので、あまりにも嫌がる私を見て母はそれ以上行かなくなったのだと思う。

町を歩いていると、親の手を離れて駆け出しているような子供をよく見るけど、母曰く、私はずっと母の手を握っていて離れることはほとんどなかったらしい。1度だけ迷子になったことがあるけど、私がスーパーで何かに見入っている間に母がどこかへ行ってしまったからで、自分から母から離れていったわけではなかった。

 

幼稚園は毎日大泣きしながら通った。体が小さかったので、背の高い美人の女の子2人組に気に入られて、その子たちの召使いみたいな立場になっていたのを覚えている。あまり幼稚園の記憶は無い。

 

小学生の時はいじめっ子に気に入られて仲良くしていた。いじめっ子と行ってもそもそも学年が1クラスしかなくて、1年生から6年生までずっと同じメンバーだったので、大規模ないわゆるいじめというのは無かった。ただその子は飛び抜けて気性が荒く、気に入らないことがあると相手の椅子の上に画鋲を置くような邪悪さを持った子だった。私はその子のことがだんだん嫌いになった。私はいじめっ子を含むイケてるグループとも中が良かったし、いじめっ子達とはまた別の比較的朗らかな派閥とも仲が良かった。いつのまにか2つの派閥のまんなかにいた。どちらの派閥もあまりにもくだらなかった。だんだんどっちも嫌いになった。いじめっ子のそばにもいたくない、でもいじめっ子を嫌う派閥の中では時々居心地が悪い。私はだれともつるむのもやめた。いつもそのときいじめられて省かれている子のそばを点々としている時も会った。

A子ちゃんがターゲットの時はA子ちゃんのそばにいた。B子ちゃんがターゲットの時はB子ちゃんのそばにいた。

最終的に最後まで好きでいられた仲のいい女の子もいたけど、私は結局どちらの派閥にも属さない立場で小学校を卒業した。

 

中学では小学校の反省をふまえて、特別誰かとつるむのをやめることにした。上手く行ったけど結局そういう体質らしくて女番長みたいな子に気に入られている時期があったりもした。小学生の時、1人の子とつるみすぎてしまったというトラウマがあったので、人に気に入られるのが以上に怖かった。好意的に一緒に帰ろうと言われるのがこわくて、私は誰にもつるまれたくないという一心で、誰よりも早く教室を飛び出して、歩いて15分の通学路を走って帰っていた。

今でも仲がいい友達はできたけど、成績がいいとか、ちょっと変わっているとか、そういうことでなんとなく線引きをされていた。3年時は受験のために2学期までは毎日通ったけど、残りはまったく行かなかった。

 

高校に入るとだんだん学校に行けなくなった。私の声が無視されてしまうことがあまりにも怖いときがあったり、気にかけられるのも嫌だったりした。あまり学校にも通わず、SNSに浸り、出会い系に浸り、いつのまにか体中にはりついてしまった寂しさや疎外感を体に塗りこむようにセックスをしていた。

 

こう書いてみると、私が人と仲良くなれなくなってしまう人格が出来たのは小学校からな気がする。すごくざっくりしか思い出せなくて、よくわからないけど、とにかくいつの間にか1人を選ぶようになり、人を拒絶して、そしてずっと1人の時があった。

人一倍、孤独に敏感になってしまった。そして誰にも寂しいと言えなくなった。寂しいと言って人が寄ってくるのが怖かったから。人に弱さをなにひとつ見せられなくなった。怖かったから。

 

この春、イギリスから帰国したら引っ越す。友達と2人で暮らすことになっていて。いままでずっと一人だった感覚が、これを機になくなるんじゃないかと思ってすごくわくわくしている。

セックスで得た傷を消すにはセックスしかなかった

 

c71.hatenablog.com

 

わたしはレイプをされたことはない

 

私のセックスに関して、女の子も男の人も好きなことを言うけど、友達に言われようが赤の他人にいわれようが私は無感情を保っている。私はガバマンじゃないし、ヤリマンでもないし、不潔じゃない、不真面目じゃないし、あばずれでもない、軽蔑されるようなことはなにもしていない。セックスをしているだけ。私にしかわからない絶対的な物がありすぎるから。誰がなにを言ってもそこにはなんの真実もないから。

 

セックスで大けがを負ったことがあった。今もその焼けただれたような傷跡は残っている。もちろんこれは比喩だけど。

 

セックスは、私に私のどうでもよさを教えてくれた。16歳の時、突然、私の穴の空いたこの体には、一寸の価値も無いと突然告げられた。そのせいで生きれない時があった。私はいっぱい考えた。自分のことを考えるのが癖になったのはそれからで、私はそれから知らない人とセックスを繰り返した。体に何度も同じ傷をつけること。それが私の傷の隠し方だった。

やけどを負ったなら全身の皮膚を焼けばいい。私の皮膚は生まれたときからそうだったと、これが普通、みんなそう、そういう方法で私は自分の焼けただれた体を肯定しはじめた。大変だった。セックスはリスクが高かった。体も酷使したし、信頼も失った、色んな人に絶望された。母親にも。軽蔑された。でもそうしないと私は自分の存在を肯定出来ない時があった。人に理解されない傷と言うのは絶対にあって、とくに女はそうだから。でもそうするしか無かった。人は自尊心が無いと死ぬんだ。ほんとうに。

 

私のその自傷行為がやんだのは最近だ。初めて私の名前や電話番号を交換した男性がいて、その人とセックスをしているうちに私はいつの間にか出会い系サイトに登録した当時の私の気持ちを忘れていた。その人は別に特別な人でもなんでもなくて、聖職者でもなくて、ただ私の名前を知っているだけ。そしてセックスをする時私達はいつも対等だった。対等なセックスをしてくれた初めての人だった。私はそれまでいつも男性の前では人間じゃなかったから、私は初めて人間としてセックスをした。

私は人格を持っていると、その人は当たり前に理解している人だった。

 

このことに関してなにも具体的に話せることがないから、すごく抽象的な話になってしまった。

 

ロンドン楽しいです。おやすみなさい。