美術系女子の話

美術系女子の苦悩系ブログ/日記と怒り、セックスと家族

セックスで得た傷を消すにはセックスしかなかった

 

c71.hatenablog.com

 

わたしはレイプをされたことはない

 

私のセックスに関して、女の子も男の人も好きなことを言うけど、友達に言われようが赤の他人にいわれようが私は無感情を保っている。私はガバマンじゃないし、ヤリマンでもないし、不潔じゃない、不真面目じゃないし、あばずれでもない、軽蔑されるようなことはなにもしていない。セックスをしているだけ。私にしかわからない絶対的な物がありすぎるから。誰がなにを言ってもそこにはなんの真実もないから。

 

セックスで大けがを負ったことがあった。今もその焼けただれたような傷跡は残っている。もちろんこれは比喩だけど。

 

セックスは、私に私のどうでもよさを教えてくれた。16歳の時、突然、私の穴の空いたこの体には、一寸の価値も無いと突然告げられた。そのせいで生きれない時があった。私はいっぱい考えた。自分のことを考えるのが癖になったのはそれからで、私はそれから知らない人とセックスを繰り返した。体に何度も同じ傷をつけること。それが私の傷の隠し方だった。

やけどを負ったなら全身の皮膚を焼けばいい。私の皮膚は生まれたときからそうだったと、これが普通、みんなそう、そういう方法で私は自分の焼けただれた体を肯定しはじめた。大変だった。セックスはリスクが高かった。体も酷使したし、信頼も失った、色んな人に絶望された。母親にも。軽蔑された。でもそうしないと私は自分の存在を肯定出来ない時があった。人に理解されない傷と言うのは絶対にあって、とくに女はそうだから。でもそうするしか無かった。人は自尊心が無いと死ぬんだ。ほんとうに。

 

私のその自傷行為がやんだのは最近だ。初めて私の名前や電話番号を交換した男性がいて、その人とセックスをしているうちに私はいつの間にか出会い系サイトに登録した当時の私の気持ちを忘れていた。その人は別に特別な人でもなんでもなくて、聖職者でもなくて、ただ私の名前を知っているだけ。そしてセックスをする時私達はいつも対等だった。対等なセックスをしてくれた初めての人だった。私はそれまでいつも男性の前では人間じゃなかったから、私は初めて人間としてセックスをした。

私は人格を持っていると、その人は当たり前に理解している人だった。

 

このことに関してなにも具体的に話せることがないから、すごく抽象的な話になってしまった。

 

ロンドン楽しいです。おやすみなさい。