美術系女子の話

美術系女子の苦悩系ブログ/日記と怒り、セックスと家族

他人の評価と自己評価、モノを作る時のはなし

自分では全くダメだと思っていても、人にいいじゃんと言われたからしぶしぶ出してみたらものすごく評価された、という経験があります。でもやっぱり、いくら評価されても私の中ではいつまでもそれは全くダメなもののままでした。

 

それとはまた逆に、精一杯の準備をしてコンペに出品して、いけると思ったけどダメだった、でも自分ではあれは悪く無かったと思える、ということもあります。美術業界ではコンペとか、賞とかが大事でした。だって資格や数字で測れない分、唯一目に見える評価が「◯◯賞受賞」という肩書きだけだからです。

 

copywriterseyes.hatenablog.jp

 

この記事を読んで、うーんと思いました。◯◯賞っていうのは結局その時代時代の流行とか、そういう影響を多分に受けているし、数字でないあいまいな評価であることは確かだから。ここに書かれている通り、審査員に媚びれば…という事実があるのも確かです。出品するのもクソみたいにお金がかかるこういう「◯◯賞」に、こぞってクリエイターが出品するのはやっぱり自信と確信と仕事が欲しいからです。自分がモノ作りを続ける為には、自信と確信と仕事=お金と目に見える評価が必要だと感じる人が多いからです。

 

もちろんモノ作りをする上でのひとつのモチベーションとして「◯◯賞に出品するぞ」とするのはいいことだと私はまだ思っているけど、結局は自分の「できた」「できなかった」という実感を大事にするべきだとあらためて思いました。

 

以前、あるイベントでspoken words projectというブランドの主宰者である飛田正浩さんのお話を聞いた時、飛田さんに対して「大学卒業後、予備校講師のアルバイトをやりながら服を作り続けていて、不安はありませんでしたか」という質問がなげかけられました。飛田さんの答えをとてもよく覚えています。

 

「不安はなかった、服作りが好きだったから、ただただ服作りを続けられる自信だけはあった」

 

私はこの言葉がずっと忘れられないでいます。これがクリエイターのあるべき姿だとは言わないけど、こういう風になれたらシアワセになれると思いました。特別飛田さんの人格や作品に憧れを抱いているというわけじゃないけど、でもこのときの彼の話はずっとずっと好きです。どんなに評価されなくても、お金がなくても、好きだから続けられるという自信がある、結果飛田さんは成功していますが、それはあくまで彼においての今の状況にすぎません。そしてその状況があるのは、彼に非凡な才能があったからではなくて、自分が良いと思える物を作り続けられたからだと思っています。

人の評価に媚びるものをつくるのは簡単です。しかし絶対にそこには不安が伴うんです。これはモノを作ってるひとなら絶対にわかる話だと思います。他人に良いと言われても、自分でそう思っていない限り、報われない感覚がずっしりと暗い重みをもって心に残る。でも自分が良いと思う作品を作り続けている間、きっと幸福です。どんなに評価されなくてもちくしょうって思えるモノ作りがあるし、きっとそれは楽しい。そして自分が良いと思っているんだから、絶対いつか人に評価されるときがくるという淡い期待もあります。そういう意味では、こういう賞に血眼で応募するのもなんだか時間の無駄な気がしなくも無い。もちろん生きていく上で社会に掲げられる評価は武器になることはたしかだけどね。

 

お金お金という人生からさっさと離脱して、ただただモノ作りをしていける人間になりたいなーというのが理想です。

落ちたコンペのことなんてさっさと忘れよう!好きな物をつくろう!というはなし

 

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