美術系女子の話

美術系女子の苦悩系ブログ/日記と怒り、セックスと家族

私の自尊心を削っていった母の優しい言葉

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 小さい頃から何故かささやかな自殺癖があったこととか、母の財布から度々お金を盗んでいたこと、母親に嘘をつくこと、摂食障害したり、出会い系で男の人とヤリまくったり、そんな自分のことが気になってしょうがなかった。両親は本当に普通の人で、私は平和に育てたれた。大学も高校も好きなところに行かせてもらったし、何不自由ない。両親は不仲だけど片親ではないし、兄弟もいる。母とは仲がいい。母のことは好き。虐待も受けてない。世間でいう問題児が生まれる要因ってなにもないのに。普通の家庭環境なのに、なぜ、私にはこんなにも欠陥があるの。

 

私が覚えている一番幼い自殺の記憶は、幼稚園か、小学校低学年の頃の自殺だ。

母に叱られて、すごく腹が立って、えんえん一人で泣きながら、針金ハンガーに頭を通した。ぎゅうと針金ハンガーを締めて、もうこれ以上締まらないところで針金をぐるりとひねって固定した。固定したあとはじりじりと針金を捻り、だんだん首を締めていく。顔が熱くなってくる、頬がはじけそうなぐらい張った。確実に死ねたと思う。でも私は死ねなかった。

不自然にぐにゃぐにゃになって放り投げられていただろうハンガーや、天井からぶら下げられたベルトを見て母が何かを言った記憶はない。

 

思えば母は驚くほど鈍い人だった。私が日常的にトイレで吐いていた時も、何も言ってこなかった。私が汚した便器を黙って掃除してた。いつか大ゲンカして、「私が吐いてるの知ってるだろ!!!」と怒鳴り散らした時、母は「痩せたいから吐いてるのかなって思ってた…」と悲しそうに言った。母は鈍い人だった。

 

私は自尊心が低い。自尊心ということばの意味がわかってきたのは本当に最近のことだけど本当にそうだとおもう。でも自尊心が低いんだ!ってわかったところでそれを治すことはできない。

 

なんで自尊心低いのかなって思うと、だいたい母の話になる。母のことを攻めてるわけじゃなくて、私の話をしているだけだ。あくまで。私は母を責めるつもりはない。

 

 

「お母さんのようになっちゃだめだよ」

 

 

今更のように私はこの言葉の重みに苦しめられている。呪いの言葉のように、私はいつもこの言葉を思い出す。

 

母はいつも不幸を嘆いていた。小さい時からずーっと。いつも自分の過去を悔いていて、結婚したことや仕事を辞めたことを後悔していた。私の中の母親像は、常に自分の人生に劣等感と不満を抱えた1人の女性だった。

でも母は、自分の後悔を伝えることで、私にいい人生を送って欲しかったんだと思う。それはすごく母親として当たり前のことだから。

 

でも母の、自分の現在の人生を悔やむ姿勢によって、私の自尊心はガンガンに削られていってた。

 

お母さんは不幸だ(子供がいるせいで)離婚出来ないから。(子供がいるせいで)自分の趣味も持てないから。そしてなにより、自分の人生に軸があるのではなく、私たちを育てることに人生の軸があるというその状態が、母の自尊心を傷つけているという事実を、私はいつもヒリヒリと感じていた。それは21歳になった今でも感じ続けてる。自分の人生を悔やみ、涙目になる母親を見る程、つらいことなはい。私に罪は無い、なにひとつ、でも母の悲しい姿を見ると自分の存在価値を疑ってしまうのは、私の状況ではなにもおかしいことじゃなかった。

 

もちろん母は「あんたがいるから私の人生不自由だ」なんてことは言ったことはない。そんなこと聞けなかった。そんなことを聞くのは辛すぎるから

 

「お母さん、もしかして、私が生まれたせいで不幸になったの?」

 

そんなこと。口に出したら今度こそ死んでしまいそうだった。

 

もしかして私は人生を嘆く母を見ているうちにいつのまにか自分の価値をどこかに見失ってきてしまったんじゃないかと思う。子供の存在価値って、幼いときは親にしかない。親に大事にされること、親の宝物であること、それだけが価値だ。自分の存在を肯定してくれるもっとも大きな存在は親だ。母は私を大事にしてくれていた。いつも不安そうな顔で私の腕を強くつかんでいた。私がどこにも行かないように、転ばないように、母が私の腕をつかむ力はいつも痛かった。

 

 

「イタい」

 

 

母が私を過保護な程大事にする姿、そしてそんな自分の姿を嘆く1人の女性としての母の姿。

私はいつも自分の存在価値をどこに置けばいいかわからなかった。母は大事にしてくれている。しかし、母の人生の軸が私に寄りかかっていること、その事実は母を苦しめているのを痛いほど自覚してた。

私は母が1人の女性として人生を失敗したという事実の象徴だった。もちろん私は母が人生を失敗している人だなんて思ってない、思いたく無い、でも事実、母は私にこう言い聞かせてくるんだ。

 

「お母さんのようになっちゃだめだよ」

 

私は母のことが大好きだけど、大好きな母は自分の人生を嫌っている。私はそんな母の人生の中の大きなしこりの一部だ。

 

母は私の人格を否定したり、存在を否定するとこなんてしなかった。親として十分すぎる程大事にしてもらっているという事実。そして、私自身が愛する母の後悔の一部であるという暗すぎる感覚に呆然としているうちに、私はすっかり自分の自尊心をどこかに見失って来てしまったみたいだ。

 

 

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