美術系女子の話

美術系女子の苦悩系ブログ/日記と怒り、セックスと家族

私が知らない男とセックスする理由

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エッチしたい〜 

っていう台詞に、私はすべての感情をぶち込んでる、ぶち込んでるというよりは、いろんな気持ちを、その台詞を言うことで「エッチしたい気持ち」にすり替えてる。

 

男の人と会いたいって感じるときは大概ろくなときじゃない、いっぱいいっぱいいろんなことが解決出来なくて、なだれ込むように男の体温に体をゆだねたい時がたくさんある。でも男の人に、今日あんなことがあってこんなことがあってとにかくつかれてもーやだったのあーでこーでキャーとわめいても全く意味なくて(もしかして彼氏と長電話する女の子ってこういう話をしてるの?)だから私は、いろんなもやもやをすべてごっくんと飲み込んで、「エッチしたいー」というバカみたいな一言をラインで送るんだ。

 

そして「もーエッチだなー近々予定合わせようね^^」なんていう能天気な返事にため息をつく。

 

私は昔から男の人を一つの現実逃避のアイテムとして使用してた節があった。エッチしてるときは、心理学の授業で習ったようにホルモンバランスが変わるから、とにかく麻薬みたいに頭がふっとぶ。

ふっとぶと言っても私は雄叫びを上げるようなセックスをする訳じゃなくてむしろセックスするときはかなり冷静。ほんとに叫ばないと耐えられない刺激が襲ってこない限り、たいがいいつも「ちょっと痛てぇ」って思ってるから、楽しんでるけど冷静。でもやっぱり飲み込んでいたもやもやは少しの間いなくなってくれる。

 

いやなことを忘れられるとか、そこまで簡単な事ではないけど、とにかくつらくなるとセックスをしたいし、そしてセックスすると違うつらさがまた生まれてくる。

 

別にそこまで性欲が消化しきれてないわけじゃないのに新しいセフレを求めてしまうのは、男性との関係を築く過程で自分がなにかの実験をしているからだっていう自覚は昔からあった。

 

私は水の中が好きだ。空気の中で裸でいるのはとても不安だけど、水の中にいると自分の輪郭を感じるんだ。水の抵抗感や、皮膚を覆う小さな気泡の感覚で、私ははじめて自分の輪郭を感じる。

そんな風に、私は人と関係を持たないと自分のことがわからないって思ってる。自分の中の何かを知る為にセックスがかかせないって。体をぶつけ合って心をふるわせて、相手と自分の関係を繰り返しなぞっていると、自分がだんだんわかってくるような気がする。それ以外に自分を知る方法がないって思うぐらい。

 

 

最近、セックスしていてわかったことがあった。

私は今、性的な欲求で繋がった関係から、いわゆるピュアな純愛にまで関係を変化させることは出来ないかという実験したいみたいだ。何故そんなことをしたいのかわからないけど、性的な欲求と恋愛感情の関係を、どうにか自分の納得のいく形で証明したいってずっと昔から思ってる。

 

性的な欲求と、恋愛感情ってほとんど同じだって、それは私とセックスをしている男の人も一緒であってほしいってずっと昔から思ってる。馬鹿な女の夢だって思われてもいい。

 

セックスの後、ひっついて眠るのが好き。私は目をつむっているけど、眠ってはいない。でも隣で目をつむっている男は、本当に寝ているように見える、するとすごく不安な気持ちになる。私はちっとも眠りそうな気持ちじゃないのにこの男はいまにも眠りそうだ。それってこのセックスの後、私達違う感覚になってるってこと?って。

私はセックスをして、気持ち良くて、隣の男を愛おしみたい気持ちになって、男の体を抱きしめているけど、この男はほんとうに射精したせいで眠たくて、ただの湯たんぽか何かだと思って私の体を抱きしめて寝ているのかなって。すごく不満なきもちになる。

 

2年ぐらいずっとセックスをしているお兄さんが、よりにもよって私とセックスをする直前に「彼女が出来たんだー」と言った時、ちょっと泣いた。もちろん彼にはばれないように、泣いた、セックスの最中にももう一度涙を流した。それはなんの涙なのかわたしはまだうまく説明出来ない。でもすごく悲しかった。彼は多分セックスした後に彼女出来たんだーというのは卑怯だと思ったから、セックスの前にその話をした。それはすごく正しい、正しいけど。でも私はその日最悪な気持ちでセックスをした。よく耐えたと我ながら思うぐらい。

 

その後もしばらく私はそのことを引きずっていた。間違ってもお兄さんとセフレから恋人になりたかったなんて微塵も思ってなかったけど、でもとにかく私とセックスで満たされているはずだったのに、きちんと彼女を作る彼がすごく遠くに感じたし嫌だった。その感覚を私は理解したくなかった。私とは共有出来ない世界を持ってるって、見せしめられたんだ。出会い系サイトを通じてセフレを作るところまでは共通項だったのに、突き放されたって勝手に思った。私は彼氏を持つということが、生活の中に存在してないから。

 

そのときはお兄さんと会うの、もうやめようって思ったけど、S子に「そんなことで会うのやめちゃうの?」って言われて、拍子抜けした。だってエッチしてた人に彼女が出来たって私にとってはすごいことだけど、S子はそれを「そんなこと」って言ったから。

S子がどういう意味で「そんなこと」っていう言葉を使ったのか私は今でもわかってないけど、でもその言葉で私は悲しむのをやめたし、今でもお兄さんと円満な関係を保っている。

 

昔はいっぱい苦労した。でも今はもうセックスをした男に手を繋ぎたいとせがんだり、恋人のような時間を求めることはしない(今はむしろ男の人がそういう思わせぶりな時間を作ってくれる)。でもいつも私はセフレを作っては、なにか大きな期待を彼に抱いてしまう。別に顔も人柄も好みじゃないのに、なんでだろうって思うけど、それは彼の彼女になることを期待しているんじゃなくて、この性欲だけの堕落していたはずの関係から、情熱的な、それこそ溶けそうなセックスみたいに熱い愛情を、お互いにもってしまうことを夢を見ているんだって最近気がついた。

セフレが恋人になったらなんなんだよって私も思うけど、高校生がするようないわゆるピュアな純愛って呼ばれるものよりも、よっぽど汚くて、笑われそうな、セックスにまみれた愛の方が、ずっとずっと強い何かがあるって、多分証明したいのかもしれない。あるいは、そうやってセックスから、どんどん堕落していく感覚を、一緒に共有してくれ得る人を捜しているのかもしれない。誰かと、ただただ体ごとなにかを共感したいだけなのかもしれない。

 

それがいつか実現したところで、私がどうなるのか知らないけど、でもどうもそれを自分自身で達成することで、またじぶんのことがわかるようになる気がしてしょうがない。

 

twitterしてます → @bijutsukei